写真家になるまで-5

写真家になるまで-5

2019年7月16日 0 by_ 並木 隆
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前回紹介しました月刊「カメラマン」誌での初連載の撮影は、年内分の撮影をこなしつつ、 翌年以降に花の咲く時期に合わせて掲載できるよう 撮影地を探し撮影していきました。

今のようにインターネットで簡単に検索できるわけではなかったですし、せっかく月カメが取材費を出してくれるんだからできるだけ遠くに行こうと、ヒマさえあれば図書館や本屋さんで資料集め。このときに調べた撮影地が、後々の撮影でかなり役に立ちました。
そうそう、飛行機に一人で乗ったのもこのときの取材が初めてで、仕事で飛行機に乗るなんて「おれってなんかカッコイイ!」って思っていた記憶があります。

そんなことをしながら連載分は1年半くらいで撮り終え、集めた資料を基に自分の作品撮りであちこちに行きました。
連載の撮影で同じ花でも背景が変われば雰囲気が変わることを知り、背景をぼかすだけでなく撮影地の雰囲気を取り込むにはどうしたらいいかを試行錯誤していた時期でした。思った通りにならないことも多かったですし、収入のほとんどが機材の購入とフィルム代・現像代に消え、自分の作品撮影のための取材はホテルに泊まれず車中泊しながらでしたが、生活のことを考えず、好きな写真だけを撮っていたのはすごく楽しかったですね。

何も言わずにそんな生活をさせてくれた親にはすごく感謝してますが、あるとき日帰りのつもりで撮影にでかけたら、ハマってしまって四日間くらい家を空けちゃったことがありました。どこどこに行ってくるなんて言わずに出かけていたので、当たり前のように帰ったらすごく怒られたんです。
そのときは単に行き先を言わずに何日も家を空けたからかな、と思っていたんですが、ついこないだ かぁちゃんに聞いたのですが 「花の写真で目が出ないから、何をやってもうまくいかないと悲観して家出した」と思い込んでいたそうです。
師匠の丸林さんや知り合いに電話をかけて居所を探ったけどどこにもいないから、今日帰って来なかったら捜索願を出そうとしていたそう。おいおい、そんなふうに見えていたのか と思うと同時に、ずいぶん心配かけていたんだなと思いました。すまん、とーちゃん、かーちゃん。

そんなわけで自由奔放な生活を続けていたとき、月カメの特集のアシスタントなどでお世話になっていた写真家の阿部秀之さんから「ミノルタで仕事してみないか?」とお誘いを受けました。なんでも若い写真家を探しているとかで、メーカーの仕事なんておれにできるのかと思いながらも、新しい世界が広がると思って飛び込んだのです!!

 

 

Takashi-Namiki 並木 隆 (なみきたかし・Takashi Namiki ):
1971年東京生まれ。
高校生時代月刊カメラマンを通じて丸林正則氏と出会い、以降写真の指導を受ける。東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)中退後、フリーランスに。花や自然をモチーフに各種雑誌誌面での作品発表。日本写真家協会、日本写真協会、日本自然科学写真協会会員。

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