写真家になるまでー1

写真家になるまでー1

2019年2月27日 0 by_ 並木 隆
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写真家になりました! と宣言すれば誰でも写真家になれます。でも、実績のない名ばかりの写真家にやりたい仕事がくるはずもなく、25年前のオレは食い繋ぐために学校で証明写真撮ったり、中古車の物件写真撮ったりしていました。シリーズでオレが写真家になるまで、のエピソードを書いてみようと思います。

 

証明写真は、荷台をスタジオに改造した2トン車(トラック)で学校に乗り付けるスタイルで、春は1時間に300人撮らないと終わらないし次の学校に間に合わないという、今から考えるとかなりハードな仕事でした。にも関わらずその会社から求められるクオリティはかなり高く、目が前髪で隠れているのはもちろん、左右の肩が揃っていないとダメだったり、顔の向き(小顔に見せようと下を向いている子はアウト)まで細かく注意され、容赦なく再撮影に回されました。再撮影の人数が多いほど下手くそってことになっちゃうんです(再撮影=もう一度撮り直すこと)。

人数ノルマを達成しようとすると写真のクオリティが落ち、クオリティを高めようとすると人数ノルマが達成できず、最初はかなり苦労しました。
両肩揃えてから、首の曲がりを直すとどっちかの肩が下がる。肩揃えるとまた首曲がる・・・身体が歪んでるんです。上半身が傾いたまま首を真っ直ぐにした感じ。利き腕で重たいものを持ち歩いている真面目そうな子が多かったです(重たい教科書やらをちゃんと持ち帰っているからと思われる:笑)だから、落ちている方の肩を高く上げさせてから首の傾きを直すと一瞬揃うので、その瞬間に撮るわけです。
三日月のように顎が歪んでいる子は、頭を基準に直すと歪みが目立っちゃうから、ちょっとだけ傾けてバランス取ったり、丸刈り男子は髪の毛ないぶんちょい小さく撮って顔の大きさ揃えたり、髪の毛立ててるツンツン頭は容赦なく切ったりと、数こなしていくとどう指示したら思い通りに動かせるか、どう撮ればバッチリなカットになるか、そのコツがわかってきて人数とクオリティの両方をクリアできるようになりました。

今でも思い出すのが、埼玉県のとある中学一年生を撮ったとき。春の中学一年生はついこないだまで小学生でしたから、緊張している子がほとんど。その子も力が入って肩があがったまま。深呼吸して両腕ブラブラしてーと言ったら肩の力は抜けました。んじゃ次にアゴ引いてと言ったら真面目な顔のままアゴを伸ばしてきて・・・今でも笑えるくらい面白かったです。
春は生徒手帳用、秋は受験用と、その季節しか仕事がない代わりに、当時としてはいいギャラがもらえました。でも、自分の作品分野である花が一番咲く最盛期に作品が撮れないので仕方なく辞めたのです。

中古車の物件撮りの話はまた次の機会に!!

Part2はこちら ↓

 

 

Takashi-Namiki 並木 隆 (なみきたかし・Takashi Namiki ):
1971年東京生まれ。
高校生時代月刊カメラマンを通じて丸林正則氏と出会い、以降写真の指導を受ける。東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)中退後、フリーランスに。花や自然をモチーフに各種雑誌誌面での作品発表。日本写真家協会、日本写真協会、日本自然科学写真協会会員。

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