世界のフォトアートマーケットへ-1

世界のフォトアートマーケットへ-1

2019年2月8日 0 by_ 吉田 繁
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日本では馴染みが薄いかもしれないが、2回に分けてフォトアートの話をしたいと思う。
いったいフォトアートの世界ではどんな写真が展開していて、何が求められているのだろうか。日本人としての関わりを述べていきたい。

 

パリフォト、その背景:

世界最高峰のフォトアートのイベントといえば、パリフォトが有名だ。年に一回、年末にクリスマス デコレーションで賑わうパリのシャンゼリゼ通りのすぐ横、1900年パリ万国博覧会のために立てられたグラン・パレで行われる。世界で最も高額で写真が取引されるといわれているこのイベントは、世界中からトップクラスのギャラリーが出展している。そんな場所で掲載される写真は、色々な評価はあるにしても、間違いなくその時代をリードする写真が並ぶといっても過言ではないだろう。

日本で写真のイベントというとCP+などを思い浮かべる人も多いかと思う。しかし、こちらはコンシューマー向けに写真関係の機材を見せる場で、そこに並ぶ写真は「機材を使ってこんな写真撮りませんか」というもの。そこで説明される写真の内容は、利用者にとって「こんな写真を撮影したら楽しいだろう」という趣味性の高い世界での話だ。
売買をメインとするパリフォトは、アートマーケット。根本から狙いが違っている。どちらがレベルが上というのではなく、別の世界の話なのだ。では、いったい、そこではどのような写真が展開されているか、アートマーケットの現場を考えていこう。

実は、日本のカメラ雑誌に載っているような写真とは、概してかなり異なると言っていい。昨年の例でいうと、「LGBTQ」や「Refuge」をテーマに扱ったものがメインストリームを占めている。日本でよく見るような、綺麗な風景写真や、綺麗なポートレイト、鉄道や飛行機の写真などは皆無と言っていい。
現在、世界が抱えている問題は数々ある。ヨーロッパでは、EUに加盟している以上は、移民を受け入れなくてはならない。たくさんの戦争で、多くの血が流れた過去の歴史から、考え出されたEUというシステムは、元々はフランスとドイツを中心につくられたもので、二度と戦争を起こさないようにという理念によって作られたものだ。従って、他を排斥しないという観点から移民を受け入れることは必須条件。だが、あまりにも多い移民の数に、ドイツはパンクしそうだし、そのことで首相は退陣に追いやられつつある。英国でも、余りにも多すぎる移民の問題がブレグジット(Brexit)というEU離脱への動きになった原因の一つであることは間違いない。
フランスでも宗教の自由と表現の自由を標榜しつつも、特定の宗教を揶揄するするような表現をした雑誌に対して、移民の人たちはそれらを受け入れがたい屈辱ととらえ、テロまで起きている。これらは一部の過激派だとしても、社会に与えた影響は大きい。移民の受け入れと彼らとの関係、宗教との関わり、そして戦争をしないために作り上げたEUという国家の同盟自体に疑問を抱く人も多くなっている。
イスラム圏は同性の結婚を認めていない。一方で同性婚が当たり前として捉えられつつある現代社会。思想は激しくぶつかり、対立している。トランプ大統領の登場による、グローバリズムからナショナリズムへの高まり。今、世界では多くの問題を抱えている。その状況下でのパリフォトなのだ。

 

アートマーケットでの写真:

アートフォトのマーケットは現代を解き明かした上で、アートのジャンルにおける提案がなされる。ここで展開される写真は、普通に綺麗だという写真はほとんどないのではないだろうか。フォトアートのジャンルで現代への問いかけを行なっているものといってもいい。どのように今を解釈しているのかといった、今がわかることが大事なのだ。そのことが、100年後に写真の歴史の中で、その時代の写真という意味での価値を担保することになるし、今生きているものに与えるメッセージを強いものにする。
そういうと、報道写真と勘違いする人もいると思うが、そうではなく、コンセプトとして現代の問題を捉え、それを、何かの被写体を使って、新たな表現としてプロジェクトとしてアートとしてまとめる。簡単にいうと、そんなことになるだろうか。

 

ロシアのクラスナダールで行われたPhotovisaで招待作家として招かれた時のスナップ。1時間半の講演を終えて質問とサイン。多くは、地元の美大の学生や、アートに関心のある地元の名士があつまる。

 

知り合いのスイス人の写真家に Luca Zanier( http://www.zanier.ch)という写真家がいる。
僕がロシアのクラスナダールで毎年行われているPhotovisaというフォトフェスティバルに招待され、現地で写真展と講演をした。そして彼も招待作家として現地にきていたので、話す機会があった。ちょっとやんちゃな人物で、割と気軽に、タバコ一本くれよなどとあちこちに声をかける。いたずらっ子のような彼の行動とは裏腹に、彼の写真家としての実績は大したものだ。写真は多くの美術館に収蔵されていて、僕なんかよりレベルがはるかに高い。中判デジカメで高解像度で撮影された作品は、最先端の建築物。例えば、原発のオペレーションルームなどだ。多くの美術館は、公共のお金や寄付で動いている場合が多い。購入された写真は、その価値が担保されればされるほどいいのだが、写真の価値を(もっといえば、50年後、100年後の価値)を決めるのはとても難しい。だが、どうだろう、Lucaの写真だが、仮に最先端の原発のオペレーションルーム一つとっても100年後の価値を担保できるのではないだろうか。

 

スイスの写真家Lucaとはここで出会った。とってもファニーな写真家だが国際的に活躍している凄腕の写真家。

 

うまく想像できない人は、100年前の東京駅の写真があり、それがアート作品として撮られたものであったとしたら、美術館のような立場からすると欲しいのではないだろうか。
綺麗な花鳥風月をテーマにして撮影したものは、綺麗なポスターにしかならない。求められる美というのをどう考えるかだが、そこのバックグラウンドに流れる思想性がとても大切なのだ。かつて僕もやった失敗だが、綺麗な風景の写真を海外のギャラリーに見せた際、ベースになる思想はどういうものかと聞かれ、「山川草木悉皆成仏 (サンセンソウモクシッカイジョウブツ)」などと説明した。それを日本独自の思想だと話す人がいるが、多分、安易すぎる。東洋人のその手の感覚は、多くのキューレターにとって分かりきったことだし、目新しさはない。単に、過去の思想的感覚を言っても、過去を模倣しているとしか映らないだろう。もしどうしてもその思想を作品で伝えたいのなら、いまの社会に対して何をもたらすのかを考えたプロジェクトを提案しないといけない。日本人に求められることを考えるのだが、「今の時代に貢献できる日本人としての思想」が求められるのだ。

 

モスクワのギャラリーで写真展を開催した時の記念写真。ギャラリーは、数々のプロモーションを用意してくれていて、モスクワのテレビに出演して広報活動。

 

海外のマーケットにオンリーワンの価値観を目指してチャレンジしてみたいという人も、また、好きな価値観を共有することの多い日本の写真界の中で活動していたいという人もいるだろう。国内のマーケットは趣味の世界なので、すぐにでも参加できる。投稿サイトにアップするだけでも仲間も増やせるし、価値観が共有できる中での美学なので、わかってもらえれば『いいね』もたくさんつくので、それが楽しいという人にはいいだろう。メーカー系のギャラリーなどは、カメラファンが定期的に訪れるので集客にも困らないし、人とのもミュニケーションをしたという実感もある。メーカーの方ともコンタクトできるだろう。
一方、海外のアートマーケットはターゲットとなる人々はカメラ好きの人はほぼいないと思っていい。そこへのアプローチは簡単ではない。オンリーワンを目指すということは、作品群をまとめて、プロジェクトにするのも大変だ。知ってもらうという意味で、認知してもらうとか、マーケットのキーマンといえる人に見てもらう、あるいはその人物との関係を維持するというのも大変なのだ。

- 「世界のフォトアートマーケットへ-2」へつづく -

世界のフォトアートマーケットへ-2




Shigeru-Yoshida 吉田 繁 (よしだしげる・Shigeru Yoshida ):
東京生まれ。日本大学経済学部卒。広告・PR 誌・雑誌など撮影をするかたわら作品を制作。「アンコール ワット」、「祈りの境界」、「記憶の谷」、「妖怪の国」など多くの作品を発表している。海外のフォトレビューを受け、海外のギャラリーでの作品販売に力を入れているほか、SAMURAI FOTOのディレクターとしてメンバーをリードしている。日本写真家協会会員。SAMURAI FOTO ディレクター。

Web= https://shigeruyoshida.tokyo/

SAMURAI FOTO= http://samurai-foto.jp/

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